2008年05月21日

世界を変えるような発想は、まずは褒める教育から。

とんでも発想

日本の教育は、「1回しか言わないからよく聞け、2度目は無いぞ。」というような、なんとなく高圧的な感じのする教育方針のような気がします。
事実、私も学生時代には、よくこの言葉を耳にしました。
社会人になってももちろんそのような風潮に変化は無く、1度の失敗は許されても、同じ失敗を2度繰り返すと冷たい視線で見られます。
このような考え方が身体に染み込んでしまうと、絶対に失敗する事が出来ない緊張感が常に付きまとい、ナイスなアイディアが生まれにくい頭になってしまいます。
または、ナイスなアイディアが生まれたとしても、それを実現させる事が困難な環境がしっかり整備されているということになります。

 確かに、堅実な日本人の国民性は、これまで国の発展を大きく支えてきました。
ところが、発展しきったところで、大きな壁にぶつかりました。
それが、新しいものを生み出す力の欠如です。

現在、国を支える大きな産業のひとつである、自動車もコンピュータも、もともとアメリカから入ってきました。
もちろんアニメーションや佐世保バーガーもです。
そしてこれらの輸入品を、日本人のお家芸である技術力で大きく発展させ、世界トップレベルの製品を作ってきました。
そして世界の人々と郷ひろみは口を揃えてこう言います。
「やっぱりMade in Japanだよ」と。

インターネット1つを考えてみても、Yahoo、Google、Youtube、そして新たな幕明けPowersetにしても、すべてアメリカ人の発想から生まれています。
ニコニコ動画にしても、mixiにしても、はてなにしても、結局はアメリカ人のアイディアを拝借しているわけです。
それを踏まえて身の回りにあるものの発端を考えてみると、アメリカに行き着くものが意外に多いように思います。


アメリカと日本の国民性をわかりやすく表現すると、アメリカはスーパークリエーターで、日本はスーパーオペレーターといったところでしょうか。
どちらがいいという問題ではありませんが、近隣諸国の模倣技術の発展が著しい中、やはりアイディアがなければ生き残っていけないと思います。
ばからしいアイディアでも、とりあえずそれを本気で作り上げたり、それに出資する人がいるアメリカは、ほんとにすごい国ですね。
現在の日本で同じような事をすると、変わり者のレッテルを貼られてしまうでしょう。

「失敗を恐れるな」という言葉をよく耳にしますが、絶対に失敗が許されない世界でこの言葉を使うのは不自然です。
失敗することを大きな収穫と捉え、「失敗してもいいんだよ」という大きな器と覚悟がなければ、「失敗を恐れるな」というかっこいい言葉は使えないでしょ?
失敗が許されないのであれば、「仕事はホウ・レン・ソウだ。」を連呼する部長の方がまだマシです。


日本でも、失敗を恐れない、褒めて延ばすプラス思考の教育をやり続ければ、世界の常識を変えるような、とんでも発想の持ち主が現れるのでしょうか。
教育は、大人から子供へ脈々と受け継がれるものなので、一朝一夕に何かが変わるという事はまずありませんが、未来の日本のためにも、とんでも発想を大切にする教育に期待したいと思います。
そして教育者の方々は、子供達の創造力は、自分達よりも確実に優れているんだという事をまずはしっかりと認識し、とんでも発想を否定しないようにして下さいね。


タグ:教育
posted by a2me at 19:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | アイディア・個人的妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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