2013年07月25日

「風立ちぬ」の感想など。

風立ちぬ

スタジオジブリのアニメーション映画「風立ちぬ」をみてきました。
率直に、今思うことを書いてみようと思います。
映画の具体的な内容についても触れるおそれがあるため、ネタバレが気になる人は読まないようにしてくださいね。

 
さて、感想をひとことで言うなら、“良い映画”でした。
大人と子供、消費する人と創造する人、男性と女性など、立場の違いによって賛否両論あることは間違いなさそうですが、個人的には本当に良い映画だと思いました。
少なくとも、なにかを創る仕事をしている人にとっては、強く共感できる部分がある作品になっているのではないでしょうか。

内容に関する個人的な考察は後回しにするとして、まずはアニメーション部分に関して、思いつくことから書いてみたいと思います。


効果音について


まずは、効果音について。
普通は効果音を話題にするということはありえません。
効果音は違和感無く作品に溶け込み、自然な感じであればあるほど良いわけですから。
ところが、この作品の場合はちょっと話が違います。
映画の冒頭部分から登場する、エンジンの吸気音やプロペラの回転音が、わざとらしいぐらい人の声なのです。
録音スタジオで、唾を飛ばしながら唇をプルプルさせている風景が目に浮かび、ちょっと現実世界に引き戻されそうになりました。
本当は、もっと自然な感じの効果音に調整することはできたはずですが、吸気音とプロペラ音に関しては、わざと人の声っぽさを残した音にしている気がします。
映画の公開前から、全ての効果音を人の声で表現するということが盛んにアピールされていたし、話題にさせるための戦略のひとつでもあるでしょうから、まぁ仕方が無いということにしておきましょう。

他にも、人の声っぽさが残っていた効果音は、地震の音です。
こちらは効果音というよりも、地震が悪意を持った生き物のように襲い掛かってくる表現として、人の声っぽさがぴったり合っていたように思います。
それ以外の効果音は、まさか人の声で表現しているとは思えないぐらい、とても自然な感じでよかったです。

効果音ではありませんが、荒井由実が歌う主題歌「ひこうき雲」は、清清しさがありながらも、ちょっともの悲しさもあり、作品の世界観とよく合っていました。
そしてなんといっても、庵野秀明の声は良かったですね。


作画について


作画に関しては、相変わらず安定したジブリクオリティです。
遠目の汽車の作画など、どうでもいいところの作画は手抜き感もありますが、ここぞというところや、人物の動きはさすがです。
そしてなんといっても、飛行機の作画もよかったですね。
飛行機の外部から、内部のメカ部分が半透明で見える表現には、斬新さを感じました。

全体を通して見た際の作画に関しては、ポニョやアリエッティほどの高いクオリティは感じなかったのですが、十分に作品の世界観を表現できていた作画でした。


10年らしいです・・・


映画の中で、「創造的人生の持ち時間は10年」と表現されています。
これが自らの経験から導き出された言葉なら、1978年の「未来少年コナン」から1988年の「となりのトトロ」までが、自らの最も創造的な期間に相当していたりするのでしょうか。
そういえば、「となりのトトロ」は、「もののけ姫」というタイトルで、かなり以前から構想していたことをアニメージュで見たことがあるので、もっと以前のことを指しているのかもしれません。
とりあえず、「魔女の宅急便」以降の、外部の原作を採用するようになってからの時代ではないでしょう。
そして間違いなく、その10年の期間に「ナウシカ」は入っていることでしょう。


宮崎アニメらしくないところも


宮崎駿監督は、もともと1億人に届けるための映画を創りたい人ではなく、100万人ぐらいの人達へ向けてアニメを創りたい人だと思うのです。
今では、ここまでメジャーになったジブリを、サブカルというジャンルに入れること自体に違和感があるんですよね。
より多くの人に作品を届けようとすると、どうしてもセリフが解説じみた表現にならざるを得ないし、想像力に頼らない直接的な作画をしなければならなくなります。
見る人を選ばないけれど、幼稚な表現にならないようにする・・・そのあたりのちょうどよいバランスを取ることに、ここ数年はとてつもないパワーを使っているような気がします。
いずれにしても、最近までのジブリ作品は、より多くの視聴者へ向けたつくりになっているわけです。
(だからといって、挑戦的ではない平凡な作品にはなっていないところがすごいのですが)

ところが、今回の「風立ちぬ」に関して言えば、最近のジブリアニメの枠を大きく外れたものに感じました。
どう考えても一般ウケしそうにない、メカ部分のこだわりについて延々と議論するところなんかがそうです。
作品全体の流れの中では、そのシーンは絶対に必要なものではあるのですが、そんなものを長々と見せられても、意味がわからないしつまらない、と感じる人も多いはずです。
宮崎駿監督が、「紅の豚」で淡く醸し出していた、兵器・武器・メカマニアな一面を、ここまで強烈に炸裂させたことには、正直驚きました。
また、結構生々しいキスシーンの描写や、結婚初夜の、「来て!」「でも、おまえ」「いいから来て!」・・・は、いままでの宮崎アニメでは絶対にありえないシーンです。

自分は兵器が好きだから、なにがなんでも作品の中で語りつくしてやるぞという気持ち・・・
純愛を求めるものの、仕事一筋で家庭をかえりみない生活を選択せざるをえない生き方を肯定する気持ちや懺悔の気持ち・・・
タバコはやめられないけど、いろいろと気にしてはいるんだよという言い訳の気持ち・・・
宮崎駿監督の、自らの趣味や仕事に対する正直な考え方や、誰かに(例えば奥さんに対して)言いたいけど言えなかったことなどを、全てぶつけてみた、超個人的な作品なのかもと思いました。


泣けるシーンについて


この作品に対して、かなり否定的な感想を書いている人も多く見受けられますが、実際のところ、涙がポロリとこぼれたでしょ?

私も、やはり2回ほど、涙がポロリと腕に落ちました。
こういう時に困ってしまうのは、後ろの席の人に泣いていると思われたくないので、目を拭うことができないんですよね。
でも、目のまわりがかゆくてしかたがなくなり、映画に集中できなくなってきます。
そんな私と同じ状況に追い込まれた人のために、一応アドバイスをしておきますが、飲み物を飲むふりをしながら、フリーになった人差し指で目の下を拭いたりかいたりするといいですよ!


作品のテーマについて


映画を観た後は、キャッチコピーの「生きねば」に少し違和感を感じるところもありました。
たしかにラストシーンで「生きねば」と言っていますが、どのような心境から、そのような言葉が出てきたのでしょうか。
もののけ姫のときは「生きろ」でしたよね。
「生きろ」は誰かに対する願い、「生きねば」は自分自身による決断です。

混沌とした時代が終結して、そんな状況の中からも、かろうじて生きていく意味を見つけ出した時の心境なのでしょうか・・・

それって状況的にもナウシカとまったく同じですよね。

漫画版ナウシカの、最終7巻の最後のコマでナウシカがつぶやく言葉・・・「生きねば」

結局のところ、根本にあるのはナウシカと同じテーマであり、すごくシンプルなことを言っている作品だったような気がします。
「風立ちぬ」のテーマがイマイチわかりにくい時は、漫画版ナウシカを読んでみるのもいいかもしれません。
ちなみに、漫画版ナウシカは、アニメ版ナウシカとは全く別物ですからお間違いなく!


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