2009年03月18日

忙しすぎると良くない気がする。

orz

忙しい日々を過ごす事は、ある意味幸せな事かもしれませんが、あまりにも忙しすぎる日々が続くと、良くない状況に陥る気がします。
最近、私自身がそういう状況にあるので、しみじみと感じた事を書いてみようと思います。

目の前にある仕事を、ただひたすらスピーディーに片付けるだけの日々が続くと、そのストレスがいろいろな形で襲い掛かって来ます。
これはほんとに恐ろしいことだと感じます。

創造力が欠如する
目の前にある仕事を、ただひたすらスピーディーに片付けるだけの日々が続くと、「もっと良くする」ための創造力を働かせる事が無くなります。
働かせてもいいのですが、自分や周りの人たちの首を絞める事になるので、それはかなり危険な行為です。
また、そうしてドタバタで作り上げたものは、決して品質の良いものではありませんし、思わぬところにミスがあったりもします。
さらに、その手抜き作法に慣れてしまうと、自分自身も周りの人たちも、「まぁ、これでいいや。」と思うようになり、結果的に、一生低品質のものを作り続ける事に慣れてしまいます。
引く事は簡単でも、蛇足にならないように足す事は、とても難しい事です。

趣味を楽しめなくなる
目の前にある仕事を、ただひたすらスピーディーに片付けるだけの日々が続くと、趣味を楽しむゆとりがなくなります。
例えば「魚釣り」とか、「社交ダンス」とか、「サイクリング」といった趣味の時間を作る事自体が不可能になります。
仕事が趣味だ!と言う人もいるかもしれませんが、もともと好きな仕事でも、仕事を楽しむための余裕が無くなります。
私は最近まで、たこ焼き屋さんは毎日たこ焼きが食べられるから、毎日がバラ色だと思っていました。
でも、今では必ずしもそうではないのかもしれないという気がしています。

冗談が通じなくなる
目の前にある仕事を、ただひたすらスピーディーに片付けるだけの日々が続くと、笑うための体力が無くなっているだけなのかもしれませんが、なぜか人の言う冗談で笑えなくなります。
また、自分が渾身の力を込めて放ったつもりの冗談も、つまらないものになっている気がします。
結果、笑いそのものが無くなります。

会議が嫌いになる
目の前にある仕事を、ただひたすらスピーディーに片付けるだけの日々が続くと、社内会議が嫌いになります。
制作サイドの人達だけで行なう会議は、ある程度の時間を決めてスパッと終了するなど、比較的短時間の会議になりやすいと思うのですが、営業サイドの人達が含まれる会議ともなると、サラっと5時間あったりします。
確かに会議は必要かもしれませんが、そもそも営業会議と制作会議では、会議の捉え方が若干違うと思うのです。
その5時間を穴埋めするには、仕事に手抜きをするか、5時間長く働くか、ヘルプをお願いするか(これは実質ムリ)しか方法がなく、どの選択肢も非常に精神的に疲れるのです。

食べる喜びを失う
目の前にある仕事を、ただひたすらスピーディーに片付けるだけの日々が続くと、食べ物の価値がわからなくなります。
食事は本来、楽しくて、おいしいものです。
パソコンの前に座りっぱなしで、キーボードの前にお弁当を置き、マウスとかを操作しながらご飯を口に入れ、画面を見ながら咀嚼する独りっきりの食卓…
これで食べ物がおいしいと感じる事ができる人はなかなかいないと思います。
口に食べ物を運ぶ動作を、効率よく作業化させる事に対して、非常に嫌悪感を感じてしまいます。

体調が悪くなる
デスクワーク系に言える事ですが、目の前にある仕事を、ただひたすらスピーディーに片付けるだけの日々が続くと、間違いなく体調が悪くなります。
人間は2足歩行して進化してきたわけで、足は第二の心臓なわけで、歩く事で健康が維持できるわけで、歩く事をやめると、筋肉は萎縮し、老化が促進されると思うのです。
目、首、肩、腰の違和感はもちろんのこと、胃や腸やその他の内臓の働きも悪くなると思います。
私が考えるこれからのデスクワークは、椅子を完全に排除し、立って仕事をすればいいと思います。
その分、オフィスも省スペース化できるし、机の高さも高くなるので、引き出しの数が増えて収納もバッチリです。
どうしても立っているのがきついという人には、天井から垂れてきている強力ゴムを体に装着すれば、半無重力状態になって足の負担は軽くなるし、ジャンプすればオフィス全体が見渡せるので、なんといっても楽しいでしょう。

誰かが犠牲になる
目の前にある仕事を、ただひたすらスピーディーに片付けるだけの日々が続くと、必ず誰かが犠牲になります。
それが自分自身だけの場合だったら別に問題ありませんが、そんな事はありえません。
何人かで仕事をしていて、誰もが余裕の無い状態にあると、必ず誰かに迷惑をかけたりかけられたりします。
たとえそれが実作業ではなくても、精神的に多大な迷惑をかけてしまう事だってありえます。
ひとりだけで仕事をしている場合でも、結果的にクライアントに迷惑をかけたり、家族や飼い犬に迷惑をかける事になります。
そんな事は普通に生活しててもある事だよ!とツッコミがくるかもしれませんが、微妙に単位が違うのです。
普通の迷惑なら「125キロ迷惑」でも、誰もが余裕の無い状態での迷惑なら「1.2テラ迷惑」といった感じです。
そんなわけなので、仕事に追われる毎日で自分自身に余裕が無いと、周りの状況にも気を配る事ができなくなってしまい、結果的に自己中な生き方をしているような気持ちになり、自分自身もつらくなります。


ネガティブな内容を書いてしまいましたが、実際には私自身の実力が足りないだけで、自分の処理速度がもっと上がれば、そこに時間の余裕が生まれるはずです。
しかし、時間の余裕ができたらできたで、それは品質の向上や品質チェックのために使わなければならないので、結果的に心のゆとりができるわけでは無いのかもしれません。
つまり、このボーダーラインの位置は、何があろうとも常に同じ位置にあり続けているような気がします。

旅の途中で倒れた人に、そっとパンを分けてあげられるような多少の余裕を持っていながらも、適度に困難と戦える日々が来ればいいなぁ…
と、なんとも贅沢な事を考えている今日この頃なのです。


タグ:日記
posted by a2me at 13:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 普通日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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