2008年08月27日

だってアニメっ子だからね。

リアルポニョ

「崖の上のポニョ」についてのエントリを、いろんなところで目にしますが、ポニョの見た目の違和感に関して書いてあるものが、意外に多いように思います。
これは、私には正直理解できません。

 その内容は、ポニョがどう見ても金魚に見えないとか、宗助は開口一番「あっ金魚だ!」と言ったから、物語の中では普通の魚のハズだとか、トキさんは「人面魚」と言ったから、本当は相当気味悪い顔をしているのでは… などなど…
物語の中の、各キャラクターからのポニョの見え方や、視聴者からのポニョの見え方の違いに頭を悩ませ、では、実際にはどのように見えるのかということをいつまでも議論する事に、何か意味があるのでしょうか。
そういう事は、物事を深く読み解き、隠された真実を探し出す探求心とも違うような気がするのです。

そして、この現実的でつまらない答えを知りたいのならば、そんな事考えもしていない宮崎駿監督に聞くしかないわけです。

そういう人達は、物語の中に出てくる車が、どうしてチョロQみたいなのかとか、ポルコ・ロッソがどうして豚なのかとか、ポンポコでは、客観的カットではリアル狸なのに、狸同士のカットでは、人面狸になるのは、実際にはありえないのではないかとか、そういう部分も気になってしょうがないのでしょうか?
仮に、ポルコ・ロッソが実在したら、相当恐ろしいと思いますよ。フィオもジーナも絶対好きにならないですよ。
沖縄の牧志公設市場に並べてある豚の頭を、人間がスッポリ被ったところを想像すれば一目瞭然です。
そういう実写的な理屈を当てはめて、だから所詮アニメなんだよとか結論を出して、それで満足なのでしょうか。

少なくとも私にとっては、実写に例えたらおかしくないかい?という問題は、全く気にもならない事です。
なんたってアニメなんですもの。
実写と関連付けて考えようとする方が無理があります。


こういう違いって、子供の頃に、どんなテレビ番組を見て育ったかということも関係してくるように思います。

私は間違いなくアニメっ子でしたからね。アニメーションの中で使われている感覚的な表現を、実写に当てはめるなんてやった事がありません。
実写のテレビドラマで同じような表現方法を使ったら、おかしいと思うかもしれませんけどね。
今も昔も、ドラマは殆ど見ないので、現状がどんなものかはよくわかりません。
ドラマで育った友達の話を聞くと、それはそれで、その世界も楽しそうではあるのですが…(それは、その友達が全く臆することなく、ドラマを熱く語る姿で、そう思うだけかもしれません)

とにかく、アニメっ子もドラマっ子も、細かい理屈は抜きにして楽しめばいいんです。
そんなの気にしてたら、泣けるところも笑えるところも見逃してしまい、損しちゃいますからね。


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