2008年08月01日

デジタル人間vsアナログ人間

デジタルvsアナログ

「あなたはデジタル人間ですか?それともアナログ人間ですか?」と尋ねられたら、何と答えますか?
また、どちらでありたいと思いますか?
私は、心から後者でありたいと思っていますし、事実、そうであると確信しています。

 私の場合、仕事上では仕方なくパソコンを使用し、デジタルデータとしてイラストを描き、デザインをし、書類や資料の整理をします。
でも、常に心のどこかでしっくりとしない部分があります。
それが何なのかを考えてみると、きっと、この作成したデータが決して永遠のものではないという確信のようなものを持っていたり、手で触れる事ができないものを、心のどこかで信用していなかったりするところがあるような気がします。
結局、最終的に信用できるデータは、自分が持っているノートとか手帳とか本なのです。
なので、友達の電話番号は手帳にメモしておかないといけない衝動に駆られます。
カーナビもあまり信用せず、自分の記憶と勘に頼るので、よく道に迷います。
辞書はもちろん中学生の頃から使っている「新明解国語辞典」(自作のパラパラ漫画付き)です。
絵の表現力は、絵の具と筆を使用するのが一番だと思っています。
十進法以外での計算ができません。
腕時計は機械式クロノグラフが最高峰だと信じています。
カードで買い物をした事がありません。
自動車のデジタル走行メーターが、なぜか信用できません。
デジタル機器が壊れると、お手上げです(自分で修理ができません)。
電子レンジを調理器具だと認めません。
マウスの中にボールが入っていると喜びます。
エポック社の野球盤は永遠の憧れです。

こうやって書き出してみると、やはり私はアナログ人間ですよ。


そういえば、以前、何かの記事で読んだ笑い話の中に、アナログのすばらしさが表現されていました。
その内容は、人間が滅んでしまった後の地球にやって来た知的生命体が、人間の文明を解読しようとしたところ、各種デジタルメディアは風化により灰となってしまい解読不可能…
かろうじて残っていたデータは書物で、最も完璧な姿で残っていたものは、ヒエログリフで書かれた石碑「ロゼッタ・ストーン」だった… というものでした。
古い時代のメディアほど、長持ちするんですよねぇ。
なるほどと思いました。

別にデジタルデータを非難しているわけではありませんが、それって1時間後には無くなってるかもしれないものなので、なんとなく不安なんですよね。
再生するハードが無いと、見ることすらできないというのも大きな不安要素です。
例え再生機器があっても、一度エラーが出てしまったら、それっきり無用の長物になってしまうという事だってありえます。
また、地道なアナログ作業が根底にあるからこそ、デジタルデータが力を発揮する事もできるわけで…
「タグ」や「FOAF」などの便利なデジタル情報も、人間のアナロギーな判断がなければ存在しません。


私の周りには、自らデジタル人間を名乗る人達が多いのです。
近年のデジタル機器に、すぐに対応できる彼らこそが本当の現代人なのでしょうね。
私は彼らのように、携帯電話の12個のボタンでメールを素早く打つ事ができないし、ビデオの予約録画のやり方すらイマイチわかりませんが、これからも一生アナログ人間であることに、これっぽっちの不安もありません。(むしろ大威張り)
なぜなら、地球上に何か起こったとき、アナログ技術こそが生き残るすべなのです。


さぁ、アナログ人間の皆さん、手と手を取り合って、世界中にアナログの輪を広げましょう!


タグ:日記
posted by a2me at 19:44 | Comment(2) | TrackBack(0) | アイディア・個人的妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は断然デジタル、楽で合理的だからである。わざわざ苦労してアナログやってても無理無茶無駄。ダサいしあほらしい。
アナログという昔の感覚をなつかしんでいるのは愚である。新しく時代を進むべきだろう。
デジタルが時代を進ませているのであります。
アナログという垢の汚れた世界にサヨウナラ。
デジタルよ進め!
Posted by ポコン at 2011年05月30日 06:55
すべてがデジタルになってしまったら人は楽をしてしまうからアナログも大切
Posted by at 2012年03月17日 13:41
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